未分類

在宅自粛を継続して感じる孤独感と対人関係への恐怖に関する考察

5月25日に東京でも緊急事態宣言が解除され、多くの会社で徐々に通勤が解禁されつつあり、通勤電車は以前のような人がひしめき合う状況を取り戻しつつある。

私の勤務している会社でも通勤が解禁され始めたため、自宅のある埼玉から東京まで片道一時間電車に揺られる日々を再び送り始めている。

一方で東京都のコロナウイルス新規感染者数は今だ毎日2桁の人数が確認されており、油断することはできない状況である。

正直このような状況で満員電車に乗って出社したくはないのだが、出社しないことには実験が出来ず研究も進められないし、何より会社から出社しろと言われたら出社せざるを得ないのが勤め人の辛いところである。在宅と併用しつつ週3~4日は出社している。

前述のとおり、電車通勤を再開したところ想像以上に人が通勤に戻っており朝から満員電車に乗る必要があるが出来るだけ感染は避けたいと思っているため個人的な外出は最低限に抑えている。

時差通勤はもちろんのこと、会社の先輩や同僚にご飯に誘われてもそれとなく断り、休日は一人静かに部屋で過ごしている。

休日の過ごし方は在宅勤務命令の出た3月頃から変わっておらず、自宅で余暇を過ごすことには慣れたと感じていた。溜めていた積読を消化したり、今まで気になっていたけど視聴できていなかったアニメや映画をじっくり見たり、ゲームをしたり、スケッチに挑戦したりとそれなりに趣味も持っていると思っていた。一人で過ごす寂しさは多少なりとも感じていたが、これまでは問題なく過ごせていた。

しかし、通勤再開してから意識が変わってきた。

一人で余暇を過ごす際に声を発することが非常に少なくなることに気づいた。

一人で家の中にいると自分がほとんど身体を動かしていないことに気づいた。

一人で過ごしていると自分が社会に存在していないように感じることに気づいた。

要するに孤独感を強く意識するようになってしまった。

これは出社していると、どれだけ雑談を減らそうとしても、仕事の都合上何かしら会話が発生しており、雑談を自然にできる。これを通して自分が社会に存在していることが自認できる。

一人で過ごしていると社会に溶け込めておらず、このまま誰とも関われないんじゃないかと不安に思ってくる。(実際にはそんなことないのだろうが)

在宅勤務でパソコンに向かっているときも周囲で行われている小さな雑談が聞こえてこないだけで妙な不安感に襲われてくる。

窓を開けて外の車の音や鳥の鳴き声を聞くと、社会はせわしなく動いているのに自分は部屋の中にいていいのだろうかと少しの不安がある。

ここまで感じて、今まで自分は内向的なタイプだと考えていたが、改めて内向的ではあるが人との関わりは保っていたいタイプだと分かった。

私の「内向的」は自分のことが否定されると嫌だという恐怖心から来るのであって決して人が嫌いという訳ではないのだろう。

デールカーネギーの人を動かすにも対人関係には重要感を持たせることが大事だと書いてある。

逆に考えれば自分が重要感を得られないというのは対人関係で感じる恐怖の根源にあるものなのだろう。

休日にも外出を控え、人との接触も控えていると再び人と円滑にコミュニケーションが出来るか不安に感じてくる。

この不安を受け入れ、心を開いて対人コミュニケーションが図れるように、徐々にコミュニケーションに慣らしていきたいと思う。

ABOUT ME
はとまる
メーカーで商品開発やってます。